注目スタートアップ5社が変える研究自動化——SDL・ラボラトリーオートメーションの多様なアプローチを解説
注目スタートアップ5社が変える研究自動化——SDL・ラボラトリーオートメーションの多様なアプローチを解説
AI とロボティクスの融合により、研究開発の自動化が新たな段階に入りつつある。かつてのラボラトリーオートメーション(LA)は特定装置による単工程の自動化にとどまっていたが、基盤モデルの進化によって多様な機器のオーケストレーションが可能となり、仮説生成・実験設計・実行・データ解析をクローズドループで回す SDL(Self-Driving Laboratory、自律駆動ラボ)の実装が現実のものとなってきた。
前回の記事では 2026 年を LA「自律化」の実装フェーズと位置づけた。今回は SDL の動向を スタートアップ という切り口から検証する。近年活発な動きを見せる各社の事業形態は均一ではなく、AI プラットフォームを顧客ラボに統合するもの、自社の SDL へのアクセスを提供するもの、SDL システムを設備ごと販売するものなど、多様なアプローチが並存している。本記事では注目 5 社——Medra、Atinary Technologies、Monomer Bio、LILA、Telescope Innovations——のサービス内容と実績から、研究自動化の現在地を整理する。
目次
研究自動化スタートアップの3つのサービス形態
今回取り上げる 5 社は、サービス形態によって以下の 3 類型に整理できる。
- プラットフォーム提供型:顧客の既存ラボに AI プラットフォームを統合し、実験ワークフローを自動化する(Medra、Atinary Technologies、Monomer Bio)
- SDL・AI プラットフォーム アクセス提供型:自社が運営する SDL と AI プラットフォームへのアクセスをサービスとして提供し、外部組織が設備投資なしに研究自動化の恩恵を受けられる(LILA)
- SDL 設備販売型:完成した SDL システムを機器・ソフトウェアごと顧客ラボに納入する(Telescope Innovations)
プラットフォーム提供型
Medra
2022 年ごろ創業、サンフランシスコ拠点。CEO の Michelle Lee 氏はスタンフォード大学ロボティクス PhD を持ち、元 NYU 助教授という経歴を持つ。2025 年 12 月の Series A で 5,200 万ドルを調達し、累計調達額は 6,300 万ドルに達する。[1]
Medra が掲げるのは Physical AI と Scientific AI の融合だ。Physical AI 層では実験機器の 75% 以上に対応する独自の Vision Language Lab Action Model(VLAM)が、手動・自動を問わず既存の計器をシームレスに制御しながらコンピュータビジョンによるエラー検出・全アクションのデータ記録を行う。Scientific AI 層は自然言語によるプロトコル指示・修正を可能にする知的処理層で、非構造化データ・画像・実験結果を横断的に推論しながら閉ループで実験を最適化する。顧客の既存プロトコル・機器・ワークフローをそのまま活かせる設計で、Genentech、Addition Therapeutics、Cultivarium などに展開済みだ。
2026 年 4 月には 38,000 平方フィート(約 3,500 m²、テニスコート 14 面分)・100 台のロボットを擁するMedra Lab 001(ML001)をサンフランシスコに正式オープンした。ML001 は三重の役割を担う——生物学基盤モデル開発チームへのポストトレーニング用データを供給するデータファウンドリ、製薬会社が SDL を内製化する際のブループリント、そして Medra 自身の研究実行基盤だ。
実績:Addition Therapeutics との協業では、Medra プラットフォームが RNA トランスフェクション効率を手動比で最大 35% 向上させ、コントロールのばらつきを 36.6% から 3.7% に低減。週当たりの手作業 50 時間削減・処理能力 3 倍増を達成している。[2]
Atinary Technologies
2019 年創業。スイス・ローザンヌとカリフォルニア州メンロパークのデュアル拠点を持つ。CEO に Hermann Tribukait 氏、CTO に元ハーバード大ポスドク研究員で計算化学・機械学習の専門家である Loïc Roch 氏を擁する。[3]
コアプロダクトはノーコード AI プラットフォーム SDLabs。機械学習オプティマイザー・データ分析・可視化を統合したインターフェースにより、ベイズ最適化などの機械学習アルゴリズムを用いた実験設計・最適化をコードなしで実行できる。主要機器メーカーとの統合実績を持ち、武田薬品工業や香料大手 dsm-firmenich などに提供している。
SDLabs はコアプロダクトとしての役割にとどまらず、Atinary が展開する SDL の中核技術としても機能する。この SDL は 4 層構造で設計されている。Intelligence layer では SDLabs が機械学習とベイズ最適化により次に実施すべき最適実験を提案。Execution layer ではロボットと AI が自律的でハイスループットかつ再現性の高い実験を実行。Data layer では高品質なリアルタイム実験データの生成・可視化・分析。Strategic layer では人間科学者が目標設定・結果解釈・成果検証を担い、自動化と人間の専門性を組み合わせる設計だ。
こうした SDL アーキテクチャの実装に向け、Atinary は自社 SDL 拠点の構築を段階的に進めている。2024 年 11 月には武田薬品工業との協業で Atinary Lab を設立。大規模・高品質・再現性のある ML 対応データセット生成を目的とし、AI・自動化・ロボティクスの連携を実証するデモンストレーション拠点として機能している。[4] 2025 年 11 月にはスイスの自動化機器メーカー Chemspeed との共同デモラボを開設。SDLabs と Chemspeed の自動化プラットフォーム、Bruker の分析機器を統合した SDL 環境を構築した。[5] さらに 2026 年 2 月にはボストンに Self-Driving Labs® を正式開設。ABB ロボティクス・Agilent・Mettler-Toledo・Chamspeed のロボットおよび実験機器と SDLabs を統合し、DMTAL(Design-Make-Test-Analyze-Learn)のクローズドループで実験を自律実行できる体制を整えた。[6]
実績(SDLabs 活用):武田薬品工業との初期プロジェクトでは、SDLabs で調整した ML アルゴリズムが 3 回のクローズドループサイクルで反応収率を 50% 未満から 90% 超に引き上げた。[7] SDLabs プラットフォームのベイズ最適化を活用したヒドロホルミル化の研究では、約 29 億通りの組み合わせが存在する 7 次元探索空間をわずか 88 実験で効率的に探索し、ロジウム触媒コストを 95〜97% 削減・反応時間を 50% 短縮している。[8]
Monomer Bio
2021 年創業、カリフォルニア州。元 Strateos VP of Engineering の Jimmy Sastra 氏が CEO を務める。5 社の中では規模は小さいが、細胞生物学に特化した独自のポジショニングが際立つ。[16]
プラットフォームは細胞培養・幹細胞分化・細胞工学のワークフローに特化する。Monitor(数百のサンプルをリアルタイム追跡)→ Record(培養データの生成・整理・共有)→ Interpret(トレンド分析・深層学習用データ構造化)→ Act(プロトコル自動更新)の 4 フェーズで構成され、実験実行からデータ解析までを一貫して自動化する。
実績:Indee Labs との連携では免疫細胞研究において細胞生産 8 倍増を達成。Rosebud Biosciences ではオルガノイド培養ワークセルの構築をわずか 6 週間で完了している。導入先には UCSF QBI READY Center、Prime Medicine、Francis Crick Institute なども名を連ねる。
SDL・AI プラットフォーム アクセス提供型
LILA
2023 年創業、ケンブリッジ。Moderna を創設した Flagship Pioneering のラボ内で設立され、CEO は Geoffrey von Maltzahn 氏、Moderna 共同創業者の Noubar Afeyan 氏も共同創業者の一人として名を連ねる。Seed 2 億ドル+Series A 3 億 5,000 万ドルの計 5 億 5,000 万ドルを調達しており、今回取り上げた 5 社の中で最大規模の資金調達額だ。NVIDIA も NVentures 経由で出資しており、モデル学習・推論における GPU インフラとの連携が示唆される。[9]
LILA が掲げる概念は Scientific Superintelligence™ ——仮説生成・実験設計・実行・データからの学習というループを自律的かつ継続的に回し、人間を超える科学的発見能力を目指す AI システムだ。その実現に向け 2 つの技術基盤を構築している。
- Lila Iris™:実験結果を verifiable rewards(検証可能な報酬)として活用する強化学習エンジンを搭載した科学的推論モデル。数学・コーディングにおける RL と同様のアプローチを科学実験に応用し、実験データから継続的に学習する。
- AI Science Factory™:仮説生成から実験実行・データ生成までのループを物理的に回すラボ施設。ケンブリッジに約 22,700 m²(東京ドームの半分弱)のラボをリース済みで、整備が進んでいる。
サービスはパートナーのニーズに応じた柔軟なエンゲージメント形態で提供される。パートナーは自らの研究プロセスとデータの管理を維持しながら Scientific Superintelligence™ を活用でき、LILA の科学者が次のブレークスルーの発見・開発を支援することも、Lila Iris™ をパートナー自身の科学者の手に委ねることも可能だ。より踏み込んだ活用を求める組織には、AI Science Factory™ が物理的な実験検証・SDL へのアクセス・実験ごとに蓄積される独自の学習ループを提供する。自社設備への資本投資なしに、プログラムの規模に応じてオンデマンドで利用できる。[10]
実績:ステルス期間中に 5 プロジェクトを完了したとされているが、各プロジェクトの詳細は公開されていない。New York Times(2025 年 3 月)の報道によれば、新規抗体の生成・大気中炭素捕捉のための新素材開発・グリーン水素生成触媒の発見という 3 件について、従来手法では数年を要するプロセスを数か月で実現したという。[11]
SDL 設備販売型
Telescope Innovations
2019 年創業、カナダ。元 METTLER TOLEDO AutoChem 社長の Henry Dubina 氏が CEO を務める。[12]主力製品 DirectInject-LC™は METTLER TOLEDO を通じて販売されており、商業化初年度(2023 年)に世界トップ 20 製薬会社のうち 13 社が導入した実績を持つ。[13]
SDL 事業では、ロボット自動化・プロセス分析・AI 制御ソフトウェアを統合した SDL システムを顧客ラボに設置・納入する。新規化学物質・材料・プロセスの発見から商業スケールへの移行を主な適用ターゲットとしており、仮説生成機能は現時点では含まれていない。機器単体の販売にとどまらず、設置・稼働までを一括で担う点が特徴だ。
販売実績:2025 年 12 月には韓国製薬バイオ医薬品製造業者協会(KPBMA)のソウルの AI 関連 R&D トレーニングセンターに SDL を設置(購入から設置完了まで 3 週間)。設置にあたってはノーベル賞受賞者の Barry Sharpless 教授が現地で支援し、KPBMA 指導部と化学研究の将来について協議した。[14] 2026 年 1 月には Pfizer に 2 台目の SDL を複数年契約のもとで設置している。[15]
まとめ
今回取り上げた 5 社は、いずれも「研究自動化」を事業の中心に据えながら、そのアプローチは大きく異なる。既存ラボへのプラットフォーム統合・ SDL と AI プラットフォームへのアクセス提供・SDL システムの設備販売——これら 3 形態は必ずしも競合するものではなく、ラボの規模・研究フェーズ・自動化の目的によって最適解は異なる。
各社の成果が示すように、研究自動化は「将来の技術」ではなく、収率改善・コスト削減・スループット増加として数値化できる現在進行形の成果を生み出している。どの形態が自分たちの課題に合うかを見極め、研究プロセスのどこに自動化の余地があるかを問い直すことが、この潮流を活かす最初の一歩となるだろう。
参考文献
[1] Medra, “Medra”, Accessed: 2026-05-12., https://www.medra.ai/
[2] Medra, “RNA Editing: Scaling in both Throughput and Quality”, Accessed: 2026-05-12., https://www.medra.ai/addition-case-study
[3] Atinary Technologies, “Atinary”, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/
[4] Atinary Technologies, “Atinary Lab Launch: Self-Driving Labs”, 2024, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/news/launch-of-the-atinary-lab/
[5] Atinary Technologies, “Atinary and Chemspeed’s Demo Lab Opening”, 2025, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/news/atinary-and-chemspeed-demo-lab-opening/
[6] Atinary Technologies, “Atinary Opens Self-Driving Labs® in Boston | Physical AI-driven R&D”, 2026, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/news/opening-atinary-self-driving-labs-boston/
[7] Atinary Technologies, “Leveraging HTE to optimize yield in deprotection reaction with Takeda Pharmaceuticals”, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/use-cases/takeda-pharmaceuticals/
[8] Atinary Technologies, “Hydroformylation R&D with AI for Resource Efficiency | Atinary”, Accessed: 2026-05-12., https://atinary.com/use-cases/accelerating-hydroformylation-rd-with-ai-for-resource-efficiency/
[9] LILA, “LILA”, Accessed: 2026-05-12., https://www.lila.ai/
[10] LILA, “Solutions”, Accessed: 2026-05-12., https://www.lila.ai/solutions
[11] The New York Times, “The Quest for A.I. ‘Scientific Superintelligence’”, 2025, Accessed: 2026-05-12., https://livearticles.net/new-york-times/2574654.html
[12] Telescope Innovations, “Telescope Innovations”, Accessed: 2026-05-12., https://telescopeinnovations.com/
[13] Telescope Innovations, “Telescope Innovations Product Deployed by 13 Pharma Giants in First Year”, Accessed: 2026-05-12., https://telescopeinnovations.com/telescope-innovations-product-deployed-by-13-pharma-giants-in-first-year/
[14] Telescope Innovations, “Telescope Innovations Installs Korea’s First Self-Driving Lab for Pharma R&D and Education”, Accessed: 2026-05-12., https://telescopeinnovations.com/telescope-innovations-installs-koreas-first-self-driving-lab-for-pharma-rd-and-education/
[15] Telescope Innovations, “Telescope Innovations Installs Second Self-Driving Lab at Pfizer”, Accessed: 2026-05-12., https://telescopeinnovations.com/telescope-innovations-installs-second-self-driving-lab-at-pfizer/
[16] Monomer Bio, “Monomer Bio”, Accessed: 2026-05-13., https://www.monomerbio.com/
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